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『Voice』10月号(9/5発売)に小島代表理事の記事が掲載されました。

更新日:9月18日

※本稿はVoice誌掲載原稿を、著者および編集部の許可を得て転載したものです🖊


特集2 武器化する貿易、日本経済の活路


  日本の貿易、

   内なる課題への挑戦


  目先の関税対策を超え、

  先送りし続けた自己改革に取り組むことこそが

  きわめて重要な日本の長期成長・発展戦略である


 



 1942年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社に入社。編集局外報部・経済部でマクロ経済と経済・産業政策を担当。97年取締役・論説主幹、2003年取締役専務。04年日本経済研究センター会長。慶應義塾大学(大学院商学研究科)教授、一橋大学、東京工業大学、早稲田大学の講師、内閣府男女共同参画会議議員、司法制度改革会議議員などを歴任。日本記者クラブ賞、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。新聞協会賞を共同受賞。現在、日本経済研究センター参与、アジア・ユーラシア総合研究所代表理事、公益財団法人本田財団フェロー。







voice令和七年十月号
voice令和七年十月号

国際秩序の変容と経済の武器化


 トランプ米国政権は2025年8月7日、およそ70か国・地域ごとに10~41%の相互関税を発動した。米国による二国間ベースでの恫喝的な交渉の結末であり、米国自身が主導してきた多国間主義を基本とする第二次世界大戦後の国際秩序が崩壊しつつある。しかし、これはトランプ氏がいなくなれば米国が元に戻るといった一時的な変化だと期待できず、歴史的に不可逆的な構造転換が進行しているという認識が必要だろう。


 トランプ大統領は「米国第一主義」を掲げ米国の産業、とりわけ製造業の復活、雇用の確保をうたい、「自由貿易、グローバリーゼーションのもとで各国は米国から雇用を奪い、経済の略奪を続けてきた。今やそれからの”解放の日”がやってきた」と強調した。輸入品に「相互関税」と称する高関税を国ごとに課し、保護貿易主義を今度は米国がやる番だと言わんばかりである。トランプ大統領は自らを「Tariff-man」と称し「Tariff(関税」は辞書にある言葉のなかで最も美しい言葉だ」とまで言い切っている。各国、さらには米国企業も恣意的に導入されてる関税に振り回され、世界経済全体が高関税で下押しされる見通しになっている。”terrified”(怯えさせる、怖い)と”tariff”を組み合わせた”tariffied”という新造語まで現れた。トランプ大統領自身が不快感を露わにしたTACOという造語がある。

”Trump Always Chickens Out”(トランプはいつも腰砕け)という意味である。彼の交渉姿勢はビジネスにおける取引(deal)で理念より損得が基準だとされ、相手が強く出たり自国の金融、為替市場などに波乱が生じると条件を変えたりすることがある。半導体輸入には100%の関税を課すと、突然言い出したりもする。そのため、彼の政策には不確実性、予測不能性が付きまとう。


 さらに複雑なのは、関税政策は単なる通商政策ではなく安全保障政策などとからめたりすることだ。「エコノミック・ステイトクラフト」という概念がある。国が政治的、外交目的を達成するために、軍事的手段でなく経済的手段で影響力を行使しようとする政策である。ウクライナ戦争の和平交渉の提案に応じないロシアに対する制裁措置の関連で、ロシアからエネルギーを買っている国に対して高額関税をかけるというトランプ政策は、まさにそれである。経済政策を武器化しているとも言える。



米国保護貿易主義の深化と関税の新たな役割



 こうした政策に関してデイヴィット・A・ボールドウィンが1985年に著した大部の同名の著作(『エコノミック・ステイトクラフト』、2020年に新版)が詳細に論じている。こうした政策は古くは古代ギリシャの時代にもあったと同著は指摘している。

 さて、トランプ関税が今度どうなるのか、トランプ大統領の任期が終われば、あるいは早ければ2026年の議会中間選挙の結果次第で元の政策に戻るのだろうか。

確実に否である。仮に後任が民主党の大統領になったとしても、あるいは議会の多数を民主党が取り戻したとしても、元の政策には戻りそうにない。日本の政府も企業もそう、覚悟しておかなければならない。米国の保護貿易主義傾斜、エコノミック・ステイトクラフト化はトランプ以前から進行していた。時にそれは日本にショックを与えた。


 1971年のニクソン政権による金ドル交換制停止とセットで導入された10パーセントの輸入課徴金、1988年の包括通商競争力法に1974年通商法第301条(貿易相手国の不公正は取引慣行に対して当該国との協議を義務付け、問題が解決しない場合の制裁について定めた条項)の強化版として織り込んだいわゆる「スーパー301条」、さらに1970年代以降の米国向け、鉄鋼、カラーテレビ、自動車、工作機械などの輸出を日本側が規制する「輸出自主規制」もある。自主規制は実質的には米国が日本に強引に呑ませた「強制的」自主規制だった。


 ガット(関税貿易一般協定)とその継続機構であるWTO(世界貿易機関)にも輸入急増による国内産業の損害に対処する手段として緊急輸入制限ができるセーフガード条項があるが、その発動には関係国との協議の成立、特定国だけでなく、すべての協定加盟国からの輸入品にも適用する必要があり(無差別原則)、容易に活用できないのでガット、WTOの枠外で導入したものだった。


 ガット、WTOにおける自由貿易、無差別原則はだいぶ前から変質していた。米国において「保護貿易」はダーティーワードではなくなっている。米国ピュー・リサーチセンター調査によると、「貿易の増加で得るものより失うものが多い」と回答した人の割合が、共和党支持者で2024年には70%を超えている。民主党支持者でも45%前後が「貿易は損」と答えている。


 米国の財政赤字が膨らむなかで、関税収入はもはや欠かせない大きさになっている。トランプ政権発足後の2025年1月~6月では関税収入が872億ドル(約13兆円)に達し、今後は法人税に次ぐ規模になると想定されている。米議会予算局(CBO)は同月6月、追加関税により2035年度までの財政赤字を累計2.8兆ドル削減する規模になるとの試算を公表した。これは税収総額の4%に当たる。2023年時点では税収に占める関税収入の比率が2.8%にとどまるが、それでも英国の0.7%、フランスの0.006%と比べだいぶ高い(世界銀行による)。トランプ政権の相互関税のうち最初から導入された10%は「基本税率」とみなされ、トランプ減税継続の安定財源になろうとしている。したがって、この10%が居座る可能性は高い。民主党政権になっても安定財源としておそらく続けられるだろう。



機能不全のWTOと国際連携の重要性



 こうした米国の関税を含む政策潮流、保護貿易主義傾斜に対して、日本はどう対応したらいいのか。まずは、こうした米国の政策によって棄損されだしたとはいえ、「ルールに基づく国際経済秩序」を維持するべきだろう。それには、トランプ関税の対応に苦慮しているほかの自由貿易同志国と連携することが肝要である。


 WTOはたしかに機能停止に陥っている。とりわけ、ガット時代より強化された紛争処理機能が停止状態にある。これはバイデン前大統領時代からである。米国は、紛争処理における上級審である上級委員会の委員の指名を拒否し続けているためである。WTO提訴は増えたものの、第一審のパネルの判断がまとまっても上級審である第二審の判断が出ないため、みな”空上訴”となってしまっている。そうした状況でWTOがコンセンサスを形成して行えることは限られているが、絶えず意思疎通に務めることは必要だろう。また、WTOを側面から支援できることもある。WTOの機能停止以降、大規模な地域連携、いわゆるメガFTA(自由貿易協定)が増えている。TPP(環太平洋パートナーシップ)は米国、日本、カナダ、オーストラリア、シンガポールなど12か国で高い水準で、包括的な協定をめざし、2016年に署名にこぎつけた経済連携協定だが、2017年1月に米国が離脱表明したため、

米国を除く、11ヵ国で協定実現に向け協議を続け、2018年にCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進国的な協定)としてスタートした。米国が欠けて11ヵ国でまとめた経済連携協定(通称TPP11)であり、日本がリーダーシップを発揮した。発足後、英国も参加して12か国となり、EU(欧州連合)に迫る経済圏となっている。

日本にとっては、輸出拡大、輸入コストの削減、中小企業の海外進出の障壁削減、手続き簡素化、電子商取引や知的財産保護、投資ルールの整備など、活用できる協定でもある。米中が参加していないため、厳しい対立関係が持ち込まれないし、WTO改革に熱心なミドルパワーが加わっている点にもメリットがある。


 これとは別に、日中韓を含む初めてのFTAとしてRCEP(東アジア地域的包括的経済連携)がある。これらのメガFTAを活性化し、ルールに基づく協調と発展ができれば、自国第一主義、保護主義に傾斜している米国にもメッセージを送ることができる。

これらの協力の枠組みで、日本が積極的な役割を果たすには、外交力をもたらす日本経済の基礎体力強化が不可欠である。


内在する構造的課題


 長く国内経済の停滞が続く日本は、名目GDP(国内総生産)規模で2010年中国に、23年にはドイツに抜かれ、IMF(国際通貨基金)は昨年四月時点で、25年にはインドにも追い抜かれ世界第五位に落ちると予測した。実際GDPでのランキングでは2022年の三位から50年にインドネシアの追い越され六位、さらに75年にはパキスタン、ブラジルを下回り十二位まで後退するとの予測もある(ゴールドマン・サックス2022年12月時点予測)。


 国内の需要(消費と設備・研究開発投資)が停滞し続けたため、潜在成長率が1%を切ったままである。その低成長も輸出に支えられ、GDPに占める輸出の比率(輸出依存度)が1995年の8.8%から2024年には、22.8%へと急上昇している。それだけトランプ関税、グローバルリスクへの耐久力が低下したわけだ。


 経済の成長戦略が死活的に需要である。政府は賃上げによって成長への好循環を確保しようと懸命だが、順序は逆である。経済成長力がつき、雇用拡大、賃上げ(家計所得の上昇)、消費拡大、企業収益拡大、投資拡大へと循環することで持続的成長が確保される。1990年代後半以降、企業は賃金コスト抑制をテコにして収益を確保した。企業は低賃金の非正規社員の比率をあげ、人材投資を抑制することで収益を増やしたが、投資を抑制し内部留保をため込んだ。内需の停滞、デフレの長期化はこのためであり、IMFが数年前から

「日本は内部留保ばかりしないでもっと投資をすべきだ」と勧告している。


 日銀の資金循環統計によると、日本企業が抱える資金余剰は2024年度に前年度より2割も増え、25.6兆円に膨らんだ。ため込んだ資金を海外への直接投資に22兆円超も回しており国内投資に消極的な企業の実態がうかがえる。日本企業はバブル景気崩壊後、とりわけ1998年の金融危機以降、極端な節約指向となり、コスト節減経営となった。そのコスト節減も前述のように人件費圧縮に傾斜、家計所得の減少、消費減退、デフレ長期化の背景となった。人件費圧縮経営も金融危機のなかでサバイバルのためだが、それが短期の緊急措置ならいいが、だらだらと長引いた。


 投資に消極的で金をため込み続ける日本企業にとって、常に鋭い指摘をしているリチャード・クー氏は、金融危機時に金融機関による貸しはがしにショックを受けた多くの企業が節約して得た資金を投資ではなく借金返済にまわし、「利潤最大化経営ではなく債務最小経営」に変質してしまったと指摘する(『「追われる国」の経済学』(2018年、邦訳は2019年、東洋経済新報社)。


 投資と関連して異常に感じるのは、日本への海外から受け入れる直接投資が極端に少ないことである。少し古い統計だが、2021年時点でのGDPに対する対内直接投資残高の比率は、英国95%、米国65%、ドイツ48%、OECD(経済協力開発機構)加盟国平均67%なのに対し、日本は7.5%と極端に低い。国連の統計によれば、同じ対内直接投資残高のGDP比で、日本は201ヵ国・地域のなかで198位と、どん尻クラス。日本より低いのはイラク、北朝鮮などだけ。


 これは対外資産世界最大で日本政府自身が「(対外」資産大国」「(海外)投資・資産立国」と誇る姿と比べ、あまりにも歪である。米商務省の2025年7月の発表によると、日本の対米直接投資残高は8192億ドル(約120兆円)で6年連続世界一となった。今回の日米協議の結果、日本は関税率引き下げの見返りとして巨額の対米投資をしている。


自己改革の急務


 長期の経済成長の姿を示す、「成長会計」の恒等式がある。


△Y/Y(経済成長率)=△K/K(投資増加による成長寄与)+△L/L(労働投資増による寄与)+TFP(全要素生産性寄与)


 経済成長率は投資の伸び、労働投入の伸びと総合的な生産性の伸びという3つの要素で決まるとみるものである。計算上、TFPは他の2要素では説明しきれない「残差」として処理されている。また、これは国内経済の要因しか考慮しない。海外の経済活力を活用しようとするなら、直接投資を積極的に呼び込んだらいい。優良な外国資本が入れば、日本のライバル企業が刺激され、それが生産性を押し上げることも考えられる。生産年齢人口が急減しているが、ロボットの積極的な活用もあるし、外国人労働者の誘致も単純労働者だけでなくイノベーション向上につながる高級人材をもっと受け入れる必要がある。現状では日本から

優良資本、高級人材がネットベースで海外流出している。成長戦略には、そうした多面的、総合的な発想が不可欠であり、賃上げから始めようとするのは逆効果でもある。


 トランプ関税への対応も必要だが、それが影響を受ける企業の”救済”政策ではなく、経済、産業の構造改革につなげる戦略性が肝要である。これまでの長期経済停滞は長いあいだ、本格的な経済、産業、社会の改革が手つかずに先送りされ続けてきた結果である。トランプ関税だけが問題ではなく、真の問題は国内にある。


 またサービス化、情報化、デジタル化の経済・社会革命がグローバルに展開していることも成長戦略において直視すべきだ。日本はデジタル庁も設け、デジタル競争力のトップクラスをめざすとしているが、現実には日本は相対的に後ずさりしている。


IMDによる2025年のデジタル競争力ランキングで、日本は67ヵ国中35位にとどまる。アジアにおいても中国、韓国、インドネシア、マレーシア、タイを下回る。「すべての分野でデジタル化を進めるべきだ」とIMDは提言する。OECDの2017年報告によれば、「行政サービスをインターネット経由で利用する人の割合」でOECD加盟38ヵ国平均60%に対し、日本はどん尻で数%でしかない。マイナンバーで行政のデジタル化進んだというが、マイナンバーカードを使いコンビニで住民票や印鑑証明をとれるだけで、相変わらず行政は書類主義。ロバート・フェルドマン氏は「デジタル化でぺーパー化でペーパーレスになると思ったが、日本では依然ペーパーフル。神々(紙々)の国ですね」と皮肉っている。


 デジタル革命は新しい産業革命、文明革命を生み出しつつある、その中で人的資本、データ、技術、特許、ブランドなど無形資産が重要になる。日本は有形資産偏重も是正する必要がある。


 トランプ関税ショックを機会に、それだけに振り回されず、目先の関税対策を超え、先送りし続けた自己改革に取り組むことこそが決定的に重要な日本の長期成長・発展戦略である。

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